ラブコール

生きる・はたらく・表現する

3年越しの『君の名は。』

 寂しい。いつも誰かを探している。この感情はどこから来るのだろう。『君の名は。』はそんな問いに一つの答えを提示して胸を揺さぶってくる映画でした。

 滝と三葉は互いに強く結びついているのに、その記憶をなくしている。だけど、どこかで覚えている。だから、いつもその記憶のピースを求め続けている。寂しさの理由はそれなんだ、と思うと込み上げて来るものがありました。

 滝と三葉が互いを強く思う切実さも胸を打ちます。「滝くん!」「三葉!」と互いを強く呼び合う声が鑑賞後の頭の中で響きます。

 こんなに素敵な映画を3年間見逃していたのか。公開された2016年、私は2月に子を産みました。幼い子を抱えて外出もままならず、そのまま必死で映画や小説を楽しむ精神的な余裕がずっとなかった。最近になってようやく映画も小説も楽しめるようになりました。

 素敵な作品をたくさんみたいな。楽しみだ。

 

君の名は。

君の名は。

 

 

「母親やめたいぞ!」という叫びの裏にあるもの

 「母親やめたいぞ!」
 ある日どかんと爆発するように湧き上がってきた感情。叫びだしたいくらいの衝動が突き上げてきた。
 こんな風に思う私は悪い母親だろうか。

 

 「母親やめたいぞ!」の裏側には、育児に付随するもろもろに対するストレスがあった。ある日自分の体に宿った生命を腹の中で大事に守り、やがて生まれてきた赤ん坊を必死に育てる母親への世間の目はけっこう厳しい。
 「母親なんだから」。この一言を前に、思いを飲み込んだ経験を、いったい何人の母親が何回してきたことだろう。

 

 私が「母親なんだから」と我慢してきたもの。制度や環境の不足も含めて許されないと思ってきたもの。もちろんその中には私自身の思い込みも含まれるが、私一人で何かを我慢することはあり得ない。私と相手だけでも足りない気がする。第三者という社会があって、我慢は生まれる。

 

 現代において、往々にして育児は孤独な営みだ。ひとり親や、パートナーが育児を顧みなかったり物理的に参加できない環境にあるワンオペの親にとってはより厳しい営みだ。親たちはいつも「寂しさ」を感じている。それは、「母親」であるだけでは埋められないものだ。だからこそ、たまに思いが突き上げる。「母親」という役割を脱ぎ捨てたい、と。たとえば、

 

 遊びに行きたい!

 飲みに行きたい!

 それも最後まで楽しみたい!

 

 こういう思いは母親なら我慢して飲み込むべきものだろうか。世の男性は仕事の息抜きで飲み会に参加しているというのに、母親である女性たちは、息抜きをするのにも、子どもを預けてあんなことをしている、と思われてしまう、と他者の目を気にしないといけないものだろうか。

 

 私はこう思う。子を思うからこそ、(母)親もまた健やかでいたい。それには我慢など不要だ、と。他者の目を気にせず思いきり息抜きして、自身もハッピーでありたい。

 

 私はいい子じゃないぞ!
 人の目なんか気にしたくないぞ!
 母親だって自由にしたいぞ!

 

 人は我慢すると病んでいく。他者の視線を簡単に変えることはできないが、それを気にせず自由に振る舞うという選択は誰にだってできる。だから、制度や環境の不足を打開していく前段階として、まず叫ぼう。

 

 私はいい子じゃないぞ!
 人の目なんか気にしないぞ!
 母親だって自由だぞ!

 

 私は、あなたは、悪い母親なんかじゃない。私の、あなたの、したいことは決してわがままではない。そんな風に思いこまされた母親たちを苦しさから救うために、思いきりしたいことをできるように、母親たちの底知れないエネルギーのもとを無駄にしないために、制度や環境の不足をどう打開していこうか?


 


 

高鍋めぐり

高鍋町美術館・齋藤秀三郎展

高鍋町美術館で企画展・齋藤秀三郎「文明キャベツ」を見てきました。

行く前は生意気ながら「理屈で作った作品なのかな」などと思っていましたが、芸術は生で触れないとダメですね。

感想は、”恐ろしかった”。

文明キャベツも灯籠の作品も怖くて…でも何に恐れているのかは無自覚。畏怖に近いのかな。

畏怖する対象はいくつかあると思うのだけど、一番はお会いしたことのない作者の精神的凄みみたいなものを感じました。

でありながら

大きな葉が命を包むように一枚一枚重なり合って、大きな玉をつくっているのにユーモアを感じた

というまなざしをキャベツへ向けるところがとても面白いなと感じました。

舞鶴公園高鍋城(舞鶴城)跡地

高鍋町美術館のすぐ近くに舞鶴公園と呼ばれる高鍋城(舞鶴城)跡地があります。入り口の石垣が白くて角ばっていたのだけど、あれは新しいものなのかな?石垣上に植わっている柿の実が真っ赤に色づいていて、形は丸っこくて可愛らしかったです。

名前を忘れたのだけど、刀刃の跡が残った古い石像があり、そこへ至る道にも風情がありました。植物がびっしりと表面を覆った大きな石の側につわぶきの黄色い花が咲いていたり、灯籠があったり。あれが灯るときっと美しいだろうな。

舞鶴公園(高鍋城)のつわぶき(11月)

そのすぐ近くには萬歳亭はなれという秋月家11代当主種樹公の住家で、種英公(種樹公の次男)が書斎として愛用したという建物が残っています。ここもとっても素敵でした。何よりお庭!

萬歳亭はなれ(舞鶴公園)

ここは梅の季節に来るといいですね。ぜひその頃にまた来たい!

水琴窟(萬歳亭はなれ)

中庭には水琴窟があります。

城跡の方にも登りたかったのですが、けっこう急で、お腹もすいていたこともあり、今度は登れる服装で来ようと思います。桜の季節もきっと美しいだろうなあ。

樹齢500年の大クスもありました。台風で枝が折れてぶっ飛んだらしく、その枝がそのまま展示されていたのですが、「枝」なのにものすごく大きくてたまげました。

南九州初の自家焙煎珈琲エルザ

念願のエルザにも行きました。1964年、東京オリンピックの年に開店した南九州初の自家焙煎珈琲店なのだとか。

自家焙煎珈琲エルザ(高鍋町)

看板だけでも素敵やけど、店内むっっっちゃ素敵!!!

特に昭和レトロが好きな方、ぜひ行って!!

写真はありません(笑)

店内の様子を知りたい方はテゲツー!さんにレポがあったのでもしよかったらこちらをどうぞ。

エルザ(高鍋町)のホットサンドイッチ

記事内でまさ美さんが食べているホットサンドイッチ、私も食べたのですが、むっちゃ美味しかったです…。美味しいだけじゃなくてボリューミーで、お腹がいっぱいになりました。ぜひ食べてね。

大坊勝次、森光宗男『珈琲屋』

大坊勝次・森光宗男『珈琲屋』が置いてあったので買いました。サイン本なんです。

大坊勝次・森光宗男サイン

帰りに日向のほんだらけにも寄って、素敵な一日でした。

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「夢」は「私」

雨が恵みの水となり、大地に命を育てます。

涙は命の水となり、私の心を育てます。

ほろりと涙が零れたら、

大事に抱きしめ愛しましょう。

あなたがあなたへ帰るとき

わたしがわたしへ帰るとき

          いのち/作詞:逸枝 作曲:逸枝

涙することが多い日々の中で、逸枝さんの唄を聴いたなら、きっと素直になれるでしょう。

私が涙を流すのも、それは自然の摂理だからだ。

そう思えたから、きっと私はもうどんなにつらいことや悲しいことがあったって大丈夫。

なんだかいまはそんな気がします。

旬・デ・ヒュッテ@フンデヒュッテ

旬・デ・ヒュッテ@フンデヒュッテで逸枝さんのライブがありました

この日、私はノベオカ一箱古本市に「古書ひらく」として出店していました。

共同主催のTさんと、「一箱古本市を延岡でしたいですね」と言ってはじめて会合を開いたのは、桜のつぼみが膨らみかけた今年の春のことでした。

ノベオカ一箱古本市

延岡ではじめての一箱古本市を開催

自分のことになりますが、この半年余りを駆け抜けてきた中で、つらい思いや苦しい思いもたくさんしたけれど、そのすべてがこの日に結実したような気がします。同時に最初からそんなこと必要なかったのかもしれないというような気もします。

私は夢で生きています。死んでゆく日まで悩みながら

私は夢を信じます。私にはそれしかないのです。

その夢は笑ってしまうほど、大きな大きな野望です。

その夢は今日も私です。それ以下でもないのです。

        涙で飯を食う日には/作詞:逸枝 作曲:逸枝

私の夢はここにあって、ここにいる私そのものです。だからどこにも行く必要がない。ここにいて、自分の好きなことで好きな形で好きな人と出会って生きていったらいい。

古書ひらく@ノベオカ一箱古本市

古書ひらく@ノベオカ一箱古本市

ああ、私はずっとこれがしたかったんだ。

模索して追い求めていたものは、すでにここにあった。

そんな夢の中にいるような1日でした。

ノベオカ一箱古本市

5組の出店者から購入した8冊の本

私は本が好きです。人と比べてたくさん読んでいるわけでもない。大した知識もない。だけどやっぱり本が好き。

何より本を通して出会った人たちのことが大好きです。

こんな風に思える日が来るなんて、思いもしなかった日々も過去にはありました。

こんなに素敵な景色を見せてくれた本が、やっぱり大切で、特別で、これからもずっと本と共に歩んでいくのでしょう。

感傷的になってしまったけれど、これが私の本音で、結論です。ここが私の起点となってまたこの先の人生が始まります。

ひらく(黒木萌)

ひらく

陽がのぼる。君にぼくに朝がくる。

うまれる。君とぼくがはじまる。

        Good Morning/作詞:逸枝 作曲:逸枝

 

益田ミリ『言えないコトバ』

  口に出しているコトバよりも、あえて口に出していないコトバのほうが、その人物を知ることができるんじゃないだろうか?

『言えないコトバ』は、『すーちゃん』(私はまだ読んでいない)を書いた益田ミリさんが、ちょっと口に出すのは抵抗がある、人が使っていると気になってしまう、といった言葉について書いたエッセイ集です。

言えないコトバ (集英社文庫)

言えないコトバ (集英社文庫)

 

 使いたくない言葉や、その言葉を使っている自分に気づいたら自分のいる環境などを見直した方がいい、と私が思う言葉があります。たとえば著者と同じように、「つかえない」という言葉を使いたくないと私も思っています。著者は

たとえ、苛立ちに任せて口にしているだけであっても、こういうコトバを使いつづけていると、それが自分の考え方として沈殿してしまうのではないか。わたしはあるとき、ゾッとしたのだった。

と書いています。この感覚、とても理解できるなあ。

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私はとあるところで働いていたとき、次第に、それも自然に「つかえない」という言葉を使うようになっていきました。

いま振り返ると、人を「つかえない」と断罪したような切り捨てたようなつもりになることで、思うようにならない自分への不満アレコレを解消しようとしていたのだと、私は思います。

だけど、そんな言葉を口にしてスッキリするのはほんの一瞬、口に出したその瞬間だけ。時間に換算するとおそらく1秒にも満たなかったです。そしてそれはすぐに罪悪感のようなものに代わり、滓のように自分の中に溜まっていきました。

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いまなら、なんてダサいことをしていたのだろう、と感じます。

じゃあ、なぜいまは「つかえない」なんて滅多に使わないで済んでいるのでしょうか。おそらく、環境が変わったからです。

だけど私はそのとき勤めていた会社が悪い、などと言うつもりはないです。同じ会社に勤めていたとしても人に対して「つかわない」なんて言わない人はたぶんたくさんいるからです。ただ「私」がそこにいることはふさわしくなかった、向いていなかった、ということなのだと。

使いたくない言葉を使っている自分に気づいたのなら、それは何らかのサインだと思うといいように思います。何のサインなのか、自分なりに考えて、何かを変える必要があるのか、どのように変える必要があるのか、そういうことに鈍感にならずに生きたいです。

 

 

 

 

『万引き家族』はもうフィクションじゃない

延岡シネマで映画『万引き家族』をみてきました。

gaga.ne.jp

30代女性は祥太にくぎ付けに

冒頭で祥太(城桧吏)が映し出されたときに物語に引き込まれました。30代の私にはこの少年が、小学生だった私にとってキラキラと輝くアイドルだった今井翼と、高校生だった私に鮮烈な印象を残した『誰も知らない』の柳楽優弥とダブって見えたのです。

万引き家族』はフィクションか

重い、映画でした。まだ子どもだった頃にみていたのなら、私は『万引き家族』をフィクションとして見ただろう、と思います。かつて『誰も知らない』を無自覚にまるでフィクションとしてみたように。

それほど私は恵まれていたのだ、といまなら分かります。うちは決して裕福ではなかったけれど、いわゆる中流家庭でした。それなりに悩みやいろんな事情もあったけれど、それでも幸福に育ててもらったことが、自分が大人になり親になったいまとなっては分かるのです。

おそらく、私は息子に、自分が体験したようないわゆる中流家庭の生活を体験させることはできないでしょう。地元で名高い進学校や偏差値の高い国立大学を出たという経歴を持っていたって、一方で私は貧困と隣り合わせにいることを、よく知っています。

映画に詳しくない一親の感想

親としてできることって何だろうか。『万引き家族』の何が刺さったかって、おそらく多くの女性と同じです。信代(安藤サクラ)の涙です。ぬぐってもすりこんでもとめどなくあふれ出てくる涙を。彼女を尋問する警察官(池脇千鶴)の声を憎々しいような軽く絶望するような気持ちで聞いていました。「なんだったんだろうね」という言葉の裏側にある思いを、私は少し想像してしまったからです。

ゆり(佐々木みゆ)の手の平に塩を乗せる初枝(樹木希林)の姿。実の親のもとへ戻ってビー玉で遊ぶゆりの姿。「わざとつかまった」と告白する祥太。

陳腐かもしれないけれど、私は息子と抱き合い、笑い合い、私の力の及ばないところにある彼の力を信じ、共に生きていこう、と深く決めたのでした。

pha『しないことリスト』を読んで考えたこと

 

しないことリスト (だいわ文庫)

しないことリスト (だいわ文庫)

 

根が怠惰にできている私にとって、お守りのようなものになりそうな本です。

自分のやりたいことを無理のないペースでやる

これをモットーに生きていこうねと自分と約束しました。ギラギラしたくないんです。それに対して、たとえば「甘い」とか、人がどう思おうと関係ないです。「やりたいこと(ほんとうにやりたいこと)しかしない」ために知恵を絞ります。以下、私がこの本を読みながら考えたこと3つです。 

 

頑張る姿を人に示す必要はない

なんか気づいたんです。「起業」とひと口に言ってもさまざまな層があるなと。

私はほんとうにぼやぼやした人間で、自分が「起業」しようとしていることに、動き始めてから気づきました。そして驚きました。自分がそれまで認識していた「私」と「起業」とはどんなことがあっても結びつきそうにないものだと思っていたからです。

どうやら私の中での「起業」のイメージは、大きな社会課題を解決するためとか大きなお金を稼ぐためとか、何か大きなものに向かって一念発起し、一つの目標に向かってがむしゃらにギラギラと走り続けるものだったようです。

でも私がしたいと思っていたのは、ただ「好きなことをして生きていくこと」でした。社会のためとか誰かのためとか、結び付けようとすればいくらでもできるけれど、根本はただ好きなことがしたいからそれを可能にしていきたいということ。そしてできればそのために無理したくはないなあ、というのが本音です。

それも「起業」のうちに入るのかもしれないけれど、私の中ではどちらかと言うと、「ナリワイをつくる」に近い。ナリワイをつくるって、もっと肩の力を抜いた楽しいもののイメージで、それでいいじゃん。裕福になりたいわけではない。家を持たなくていいし、老後資金や教育資金を貯めるためにいまを犠牲にするつもりもない。慎ましく楽しく生きられたらそれでいいんです。

35年ローンだなんてとんでもない

つい最近、知人と話していて、住宅を購入するために35年ローンを組む、という発想が自分の中に全くないことに気づきました。知人は住宅関連の仕事をしています。彼は「本当にいい家を提供する仕事をしている」と言っていました。彼の話を聞いていると、35年ローンと光熱費のトータルが安く済む、というフレーズが出てきました。そのとき私は「35年ローンって時代にそぐわないんじゃないか」と思ったのです。

そのときはなんで自分がそう思ったのか、うまく説明がつきませんでした。でもこの本を読んで腑に落ちました。時代、という大きなものは私には分かりません。ただ「ミニマリスト」とか「持たない」ことを美徳とする人が多い世の中なのに、その中で35年ローンというものはあまりにも不似合いに私には思えたのです。もちろん、そうじゃない人もいます。私の周りにも20代で新築の一戸建てを購入した友人が何人かいます。だから、何が正しい、とかはないのですが、私は自分が感じた違和感を大事にします。

大人になることは嫌なことを我慢することではない

このまちで生きることは、このまちの人間関係や利害関係を把握してその中でうまく立ち回ることだ、と思いつつあった自分に気づきました。でもそんなことはないです。私はそうしたくありません。大義のために自分を犠牲にしたくない。嫌なことは嫌だ、苦手なことは苦手だ、と自分で認識して、無理をせずに楽しく生きる道を選ぶことにします。

 

この数ヶ月、必死に生きてきたけれど、小休止しつつ「本当にやりたいことは何か」自問してみると、原点に返ることができました。忙しくすることは私にはあまり向いていないです。「必死に」なんてあまり似合わない。ぼやぼやとほほほと笑って生きるのが性に合っている気がします。

やりたいことが増えすぎるのも考えものです。やりたいことがたくさんあったっていいけれど、全部やろうとしないことです。これをやりたいな、あれもやりたいな、とワクワク夢を膨らませるのは楽しい。だけど実際に行動するときにはシンプルにする。その方が動きやすくていいな、と私は思います。

余計なものは削ぎ落して、新たなものを受け入れられるような余白を持って生きます。